こんにちは、オプショナルアーツの山川です。
今回は、3331/バンビナートギャラリーで開催中の和田百合子さん個展「ちょっと ほっと ひょっと」をご紹介します。
和田さんは東京藝術大学在学中の2010年に「TURNER AWARD 2010」大賞を受賞。2012年3月に東京藝術大学大学院油画第7研究室を修了しています。この展覧会の後はドイツへの留学が決まっています。レセプションでは「とりあえずオカネが続く間はドイツにいます」と言っていました。
今回の展覧会で私が面白いと思ったのは、“視覚に対する挑戦”とでもいうべき姿勢が感じられたことです。
今回の展覧会について和田さんは、展覧会告知で次のようにコメントしています。「絵は説明がつくものであってはいけないと思います。(中略)今回は自分の中から湧き上がってくるイメージや色と形を正直にそのまま表現することに力をいれました」。しかし展示されている絵をひととおり眺めてみると、それほど単純でイノセントなものではない。共通する“戦略”のようなものが浮かび上がってくる。
それではその“戦略”とは何か。2点あるような気がします。
下の絵を見ると、それが端的に見て取れるような気がします。タイトルは「あっちの部屋」です。
この絵は木製パネルの裏側にアクリル絵具で描かれています。描かれているものは、白いシンプルな部屋と窓。その窓の向こうには海のような風景が見えます。しかし眺め続けていると、遠近感が次第にぼけていきます。これは本当に部屋の中なのか。向こうに見えるのは本当に窓なのか。ひょっとすると窓だと思っているのは思いこみに過ぎず、1枚の絵が掛けられているのではないか。だんだんわからなくなってきます。
パネルの裏側に描くという行為そのものも面白いのですが、それ以上に描かれたものが、観る者の視覚に挑んでくるのです。
下の「いりこワールド」という絵も、同じような感覚に陥ります。マトリョーシカのような形の穴から見える空は、本当に向こう側の世界なのでしょうか。
穴の周りが細かいドットで描かれているのも、遠近感をずらす効果をもたらしている。平面的でありながら、立体感を感じる瞬間もある。私たちが日常的な視界で感じるパースペクティブというものが、どんどん破壊されていく感じがします。
下の作品は「ひびやれ壁劇場~迫り来るポップ」というタイトルですが、これも手前の緞帳と奥の“ひび割れた舞台”の二重構造になっており、1点消失のパースペクティブで描かれている。しかし舞台は本当に向こう側にあるのだろうか。そして本当に立体的な世界なのか。前後の感覚が麻痺していきます。
そしてこの「ススヌ、赤い靴の女」もそう。やはり1点消失パースで風景を描いているように見せながら、一方ではそれを破壊しているようにも見えるのです。
時にそれは、図と地の位置関係の逆転という形になることもある。「世界は繋がっている」というタイトルがついた一連の作品群がそうです。
これらのモチーフの形状は非常に似通っている。しかしそれが地に対してどのような位置関係にあるのかによって、意味は大きく変わってくる。それを楽しんでいるのが、この5枚の絵なんだと思う。
展覧会の案内はがきに使われている「明明冥冥」なんて、唇の立体感がすごい分、余計に奇妙な印象を受けます。でもそれが、なんだか気持ちいい。
そしてもうひとつ面白いのが、塩ビパイプの中に置かれた絵の存在です。ギャラリーの壁のあちこちに塩ビパイプが飛び出していて、中を覗き込むとさまざまな絵が見えるのです。
たとえばこんな感じ。
他にもさまざまなパイプ絵が仕掛けられています。
覗き込むという行為も“こちらがわ”と“あちらがわ”を意識させます。やはりこの“彼我の感覚”というのが、この展覧会の大きなテーマになっているのではないか。そしてその感覚は、絵をじっと眺めることで、徐々に破壊されていく。私たちが日常的に信じている“視覚の常識”の転覆。それは立体視を行う時に感じる快感にも似ているかもしれない。
和田百合子さんの「ちょっと ほっと ひょっと」、4月15日(日)まで開催されています。ぜひ実物で、この“ちょっとしたトリップ感”を味わってみてください。そうそう、作品のタイトルの付け方も遊び心に溢れているので、一緒に楽しんでくださいね。