こんにちは。オプショナルアーツの山川です。
今回はバンビナートギャラリーで開催されている菊浦友紀さんの個展、“fragments”をご紹介します。
菊浦さんは2005年に東京藝術大学へ入学し、2010年に中国・北京の中央美術学院に留学、2012年3月に東京藝術大学大学院を修了しています。個展の開催は今回が初めてだそうです。
作品をパッと見ただけではなんだかよくわからないのですが、何度か繰り返し見ていると、なんとなくジワジワと腑に落ちてくるといった感じです。うまく説明できないな。とりあえずギャラリーのステートメントを読んだ上で、作品を見ていきましょう。
菊浦は主に風景を描いていますが、その地理的位置や歴史的背景は意味を成さず捨象され、感情ではなく感覚的に自身の記憶に留まったイメージ、あるいはいくつかの風景が混ざり合ったイメージを描いています。
(中略)
「すべてが断片」そう考える菊浦にとって、イメージはその断片の存在する前の時間とこれからの時間の通過点です。一つ一つのイメージが目的ではなく、時間が行き来して、通り過ぎる風景の一瞬一瞬が記憶の中で重なり合ったり離れて行ったりする、その狭間をイメージとして描いています。
(バンビナートギャラリーのホームページから引用)
さて。
「8152011-1」
「8152012-1」
「8152011-6」
これらの作品は、菊浦さん自身が見たことのある風景を元にしているそうです。それは日本国内だったり、留学先の中国の風景だったりするのですが、それが作家自身の記憶を通過することで、元の風景とはまた違う、ひとつのイメージへと変容しています。菊浦さんはそのアタマの中のイメージを、ほぼそのままの形でキャンバスに移しているのだといいます。
興味深いのは、元の風景にあったはずの多様な情報が排除され、プリミティブな形だけが残されていることです。そして立体感もかなり失われている。たしかに立体であるはずなのに、その実感が薄れているというべきか。色が塗られた複数の平面が、平面のままキャンバスの上で構成されているといった感じです。
作品のタイトルが数字の羅列なのも面白い。もはやそこには意味が付与されていない。どこのどの風景を描いたのか、モチーフは何なのかといった情報も、ここでは完全に排除されているのです。先ほどのステートメントにもあったように、それぞれの作品はすべて「断片」だというわけです。
その一方で面を塗りつぶす色やストロークには、奇妙な力強さがある。私がこれらの作品を見たときに注目したのも、その力強さだったりします。
実際に見た風景を、いったん立体模型にして、さらにそれを絵にする、という手法で描かれた作品もあります。
「8152011-4」
たとえばこの作品。パッと見ただけでは、なんだかよくわからない。力強いストロークで水色に塗られた面の中央に、何かがある。立体感が抑制されているせいか、現実感がない。
しかし右の写真と見比べると、この作品が何を描いた絵なのかがはっきりとわかります。実はこの模型は、横須賀の猿島で見た光景を元に作成されたということです。この島には幕末から第二次世界大戦にかけて構築された要塞の跡が残っていて、島の中にはあちこちにレンガ積みのトンネルが残っています。模型はその一部を再現したものなのです。
下の作品も模型をベースにしています。
「N2F2012-5」
元になったのは右の模型です。もともとは北京市の天壇公園で見た風景なのだということです。
ただし菊浦さんにとっては、実際にどこで見た風景なのかという情報は、基本的には重要ではないそうです。鑑賞者も、その部分を気にせずに見るべきなのかもしれない。
かつて見たことがある風景を、いったん模型にしてから絵に描くというのも、元の風景と作品との間に距離をおくための、ひとつの手段なのでしょう。視覚が見たものから、現実の風景が持つリアルさを構成する、様々な情報を取り除くためのフィルター。そこから絵を創り出すときには、さらに情報が失われる。そして色やストロークという、別の種類の過剰さが加わっていく。
このようなアプローチによって、絵画は「何かを写し取った」ものではなく、対象物やモチーフから独立した「純粋な絵画」になっていくのかもしれません。
またギャラリーの方によれば、作家と作品の間の距離感も、菊浦さんの特徴なのだといいます。「作家と作品は距離が近くなりがちですが、菊浦さんは作品との距離感が鑑賞者に近い感じがします」とのこと。この「距離感」というのは、この作家さんを語る上で、重要なキーワードなのかもしれません。
菊浦友紀さんの“fragments”、6月24日(日)までやっています。色やストロークの面白さは、やっぱり現物を間近でみないとわかりません。