今回は3月25日(日)まで開催されている、加茂昂さんの個展「【絵画】と【生き延びる】」を紹介します。
私はこの個展会場に足を踏み入れて、壁に並べられた絵を眺めた瞬間、高揚感で心臓がどきどきしました。壁に掛けられたキャンバスの一群が、私に向かって何かを放射してくるのを感じたのです。
単なる絵画の集合ではなく、ひとつの世界が提示されている。そう思いました。
その世界の軸となるテーマは、3.11です。そしてこれに対して作家自身がどのように考えたのかは、告知ページの作家ステイトメントを見ていただくのがいいと思います。
さて。
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ひとつの部屋で完結している展示なので、どのように見ていってもいいのですが、ここでは作者の意図と思われる順番に従って、見ていきたいと思います。
まず入り口の右手から。作者の自画像が、2枚掛けられています。
ちょっと個性的な描き方ですね。これが加茂さんのタッチです。これについては後で、また改めて取り上げます。
そこから左へと視線を移していきましょう。壁面の右側には山や自然の、牧歌的な風景が広がります。
--:この山の風景は、実在する場所なんですか?
加茂さん「そうです。私の実家があるところです」
--:どこなんですか?
加茂さん「飯能です。ほんとうにこんな、田舎の風景が広がっているんですよ」
--:絵の中に登場するのも実在の人物ですか?
加茂さん「そうです」
そしてその左側には、東日本大震災がもたらした瓦礫の山が登場します。
さらに左へと視線を移すと、原発事故をイメージさせるいくつかの小さな絵と、東京の高層ビル群。
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そして最後に、雪山の尾根を歩く2人の登山家の絵で、締めくくられます。
「3.11のあと、実際に被災地に行ってきたのですが、そこで見た風景はとても衝撃的でした」と加茂さん。再び東京に戻ってきて高層ビル群の明かりを見たときには、被災地の風景とのギャップに、うすら怖い印象を受けたと云います。
もちろん3.11で衝撃を受けた人は少なくない。むしろほとんどの日本人が、何らかの形で影響を受けているといってもいい。このような、多くの人々が共有する経験を作品に昇華させるのは、実はそう簡単ではないと思います。誰でも考えつくことなので、ありがちなものになりやすいのです。
またテーマが大きければ大きいほど、作家の実力も問われます。十分な実力を持たない作家がぶつかれば、実力不足を理屈でカバーする、陳腐な内容になる危険性もあります。
加茂さんの展示も、一歩間違えればそうなる可能性があったと思います。でも結果的にはそうならなかった。なぜか。
その理由としては、まず彼の画力の高さを挙げるべきでしょう。そして展示のスタイルもあると思う。展示空間全体が、ひとつの物語になっている。まるで絵画を見ているのではなく、ビデオ作品を見ているような気分にさせられる。プレゼンターとしても、確信犯的なチカラを持っていることを感じさせます。
でもそれだけではない。彼の中の何か別のもの、独特な哲学や発想といったものが、3.11をきっかけに大きく揺さぶられ、核心を残したまま変容したのではないか。そんな感じもするのです。
その哲学や発想の核心とは何か。キーワードは「バグ」だと加茂さんは説明します。
このエントリー、次回に続く。